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報徳二宮神社(小田原市)

(ほうとく にのみや じんじゃ)

報徳二宮神社は、神奈川県小田原市に位置し、江戸時代後期の農政家・思想家である二宮尊徳を祀る神社です。この神社は、かつての県社であり、現在は神社本庁の別表神社として位置づけられています。

創建の経緯

二宮尊徳は、江戸時代後期に農村の救済と教化運動を展開したことで知られています。尊徳は、農村再生のための組織である報徳社を設立し、その活動は彼の死後も続けられました。尊徳は安政3年(1856年)に亡くなりましたが、彼の功績を称える動きが明治時代に入っても続きました。

明治24年(1891年)、尊徳に従四位が贈られたことを契機に、報徳社の社員たちの間で、彼を祀る神社を創建する計画が進められました。そして明治27年(1894年)4月15日、尊徳の生地である小田原の小田原城址内に報徳二宮神社が建立されました。

神社の施設

社殿

報徳二宮神社の社殿は、厳かな雰囲気を持つ建物で、訪れる人々に静かな祈りの場を提供しています。

社務所

社務所は、参拝者に対してお守りやお札の頒布を行っており、神社の運営や管理も担当しています。

報徳会館

報徳会館は、神社の敷地内にある多目的施設です。館内には、レストラン「樹麻」やカフェ「Ginger」が併設されており、参拝後にゆっくりとくつろぐことができます。

報徳博物館

鳥居の前には報徳博物館があり、二宮尊徳や報徳社に関連する資料が収集・保管されています。訪れる人々は、ここで尊徳の思想や業績について学ぶことができます。

きんじろうカフェ

境内庭園には「きんじろうカフェ」というオープンカフェがあり、自然の中でゆったりとした時間を過ごすことができます。

境内の象徴

二宮金次郎像

報徳二宮神社の境内には、二宮金次郎(尊徳の幼名)の像が立っています。この像は、読書をしながら薪を背負って歩く金次郎の姿を表しており、尊徳の努力と勤勉の精神を象徴しています。

二宮尊徳:勤勉と実直の象徴、日本の農村復興を牽引した偉人

二宮尊徳(にのみや そんとく)は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家として、日本の農村復興に多大な貢献をした人物です。一般的には「金次郎」の名前で知られており、幼少の頃から薪を背負いながら本を読む姿が教科書などに掲載され、勤勉の象徴として日本人に親しまれています。

相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市)に生まれ、裕福な農家の家に育ちましたが、天明の大飢饉や両親の死により、一時は困窮のどん底を味わいました。勤勉と実直さで家業を再興し、その手腕を買われて、各地の農村復興を指導しました。

「報徳仕法」と呼ばれる独自の農村復興政策を提唱し、実践しました。これは、勤勉、倹約、貯蓄、分業などを基本とし、村全体の経済力向上を目指したものでした。

「報徳」の思想を説き、人々の道徳心と勤勉さを高めることに努めました。その思想は、明治維新後も日本の教育や社会に大きな影響を与えました。

交通アクセス

報徳二宮神社へのアクセスは非常に便利です。小田原駅から徒歩10分ほどで、神社は小田原城址公園の南西に位置しています。観光や歴史探訪の際には、ぜひ立ち寄ってみてください。

Information

名称
報徳二宮神社(小田原市)
(ほうとく にのみや じんじゃ)

小田原

神奈川県