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称名寺

(しょうみょうじ)

称名寺は、神奈川県横浜市金沢区金沢町に位置する真言律宗の別格本山の寺院です。山号は金沢山(きんたくさん)、本尊は弥勒菩薩が祀られています。称名寺は、新四国東国八十八箇所霊場の七十五番目の札所としても知られています。

歴史

中世

称名寺は、鎌倉時代に北条氏の一族である金沢(かねさわ)北条氏の祖、北条実時(ほうじょうさねとき)によって開基されました。創建時期は確実ではありませんが、1258年(正嘉2年)に実時が六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂(阿弥陀堂)がその起源とされています。その後、1267年(文永4年)には、鎌倉の極楽寺の僧・忍性の推薦を受け、下野薬師寺の僧・審海を開山に迎えて真言律宗の寺院となりました。この時期、称名寺は金沢北条氏一族の菩提寺として発展し、2代目の顕時、3代目の貞顕の代には伽藍や庭園が整備されました。

また、称名寺と深い関係を持つ金沢文庫(かねさわぶんこ)は、実時が1275年(建治元年)頃に居館内に設立した文庫がその始まりです。この文庫には、政治、歴史、文学、仏教などに関わる書籍が収められ、実時の病による没後も続きました。1333年に鎌倉幕府と共に金沢北条氏が滅亡した後は、称名寺が金沢文庫の管理を担いましたが、寺運の衰退と共に蔵書も散逸していきました。

近世

江戸時代に入り、徳川家康は多くの蔵書を紅葉山文庫に移しました。これらの蔵書には「金沢文庫印」が捺されており、「金沢文庫本」として現在も日本各地に残っています。また、この時期には称名寺の大幅な復興が進められ、現在まで残る建物もこの頃に建立されました。

近代以降

1930年(昭和5年)には、金沢文庫が「神奈川県立金沢文庫」として復興し、県立図書館として再びその活動を始めました。1990年(平成2年)には新館が完成し、現在では中世文化に関する博物館兼図書館としての役割を果たしています。称名寺が所蔵する多くの文化財は、金沢文庫に寄託されており、その中には本尊の弥勒菩薩像をはじめ、数多くの重要な品々が含まれています。また、2005年(平成17年)11月20日には、当時の明仁天皇と皇后美智子が来訪されました。

境内と庭園

称名寺の境内は、国の史跡に指定されており、赤門、仁王門、金堂、釈迦堂などの歴史的建造物が点在しています。特に注目されるのは、金堂前に広がる「阿字ヶ池」を中心とした浄土式庭園です。この庭園は、1320年(元応2年)に金沢氏3代目の貞顕の代に整備されました。浄土式庭園とは、浄土曼荼羅に基づいて設計された庭園のことで、平安時代末期に多く造られました。

称名寺の浄土式庭園は、古図(重要文化財・称名寺絵図)や発掘調査の成果に基づき、1987年(昭和62年)に復元整備が完了しました。庭園内には平橋と反橋の2つの橋が復元されており、平橋は全長17m、反橋は全長18mの美しいアーチを描いています。この二橋は1991年(平成3年)に「かながわの橋100選」に選定されました。

また、境内には称名寺の塔頭として光明院と大宝院が存在します。光明院には運慶作とされる大威徳明王像が所蔵されており、その文化的価値は非常に高いものです。

文化財

国宝

称名寺には、数多くの国宝や重要文化財が所蔵されています。その中でも特に重要なものとして、次の国宝が挙げられます。

重要文化財

称名寺が所蔵する重要文化財も多数存在します。その中には、以下のような貴重な品々があります。

これらの文化財の多くは、隣接する神奈川県立金沢文庫が管理しており、一般の閲覧が可能です。特に、運慶作と確認された木造大威徳明王像は、その文化的価値が再評価され、2008年に重要文化財に指定されました。

称名寺の現代的意義

称名寺は、その長い歴史と豊富な文化財によって、現在でも多くの人々に愛され続けています。歴史的な建物や庭園、そして貴重な文化財は、私たちに過去の日本の宗教や文化を伝える重要な役割を果たしています。さらに、金沢文庫を通じて、中世から現代に至るまでの日本の歴史を学び、理解を深めることができる場となっています。今後も称名寺は、文化と歴史の継承の場として、多くの人々に親しまれ続けるでしょう。

Information

名称
称名寺
(しょうみょうじ)

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