日向薬師は、神奈川県伊勢原市日向に位置する高野山真言宗の寺院です。本尊は薬師三尊で、かつては「日向山霊山寺（ひなたさんりょうぜんじ）」として知られ、12の子院を有する大寺院として栄えていました。しかし、明治時代初期の廃仏毀釈により多くの堂舎が失われ、現在では「宝城坊（ほうじょうぼう）」が寺籍を継いでいます。
寺号は廃仏毀釈以前は「霊山寺」、以降は「宝城坊」と称されていましたが、中世以来、薬師如来の霊場として多くの信仰を集めており、広く「日向薬師」の名で親しまれています。この寺院は、歴史的にも文化的にも非常に重要な役割を果たしてきました。
日向薬師は、関東地方でも有数の古寺であり、その歴史は非常に古く、元の名を日向山霊山寺として薬師如来信仰の霊場として栄えました。本尊は平安時代前期に作られた鉈彫り（なたぼり）の薬師三尊像であり、宝物殿には阿弥陀如来や四天王、十二神将など23体の仏像が納められています。これらを含め、国の重要文化財が9件、神奈川県および伊勢原市指定の文化財が多数所蔵されています。
また、日向薬師は柴折薬師（高知県大豊町）・米山薬師（新潟県上越市）とともに「日本三薬師」に数えられることもあり、峰の薬師（相模原市）・高尾山薬王院・新井薬師とともに「武相四大薬師」として信仰を集めています。一時期は勅願寺としても栄え、江戸時代末期には12坊を数えたとされています。
寺伝によれば、日向薬師は霊亀2年（716年）に行基によって開山されたとされています。寺に残る梵鐘の銘文や鎌倉時代の史書『吾妻鏡』も、この寺が行基によって創建されたことを示しており、この伝承が鎌倉時代から存在していたことが確認できます。ただし、実際の創建は10世紀頃と推定されています。
天暦6年（952年）に村上天皇から梵鐘を賜り、その鐘が傷んだために改鋳が行われ、暦応3年（1340年）に再度改鋳されたのが現在の梵鐘です。この歴史的な梵鐘は、日向薬師の歴史を物語る重要な史料となっています。また、本尊である薬師三尊像は、様式から10世紀頃の作品と推定され、霊山寺の伽藍が整備されたのもこの時期と考えられています。
日向薬師には多くの重要文化財が所蔵されています。その中でも特に注目すべきは、本堂（薬師堂）と宝物殿に納められている薬師三尊像、阿弥陀如来坐像、四天王立像、十二神将立像などです。これらの仏像は、鎌倉時代から平安時代にかけての作品であり、国指定の重要文化財として保護されています。また、宝物殿内には、平安時代から鎌倉時代にかけて造られた重要文化財が数多く納められており、これらの仏像や彫刻は、日本の仏教美術の貴重な遺産です。
現在、日向薬師は病気平癒、特に眼病に霊験があるとして多くの人々から信仰を集めています。また、山内の自然環境が良好に保持されていることから、ハイキングコースや健康保持増進、心の安らぎの場としても人気を集めています。周辺の山林は保健保安林として維持されており、この森は「日向薬師の森」として親しまれています。
境内は東丹沢の懐・日向川の谷戸に位置し、日向地区の里山である雑木林に囲まれています。推定樹齢800年の幡かけ杉（県指定天然記念物）をはじめ、ケヤキやタブノキなどの自然植生林が保護されており、春には新緑、秋には紅葉が境内を彩ります。周辺の山林も保健保安林として保護されており、この豊かな自然環境は訪れる人々に癒しを提供しています。
本堂は「宝城坊本堂」の名称で国の重要文化財に指定されています。この本堂は、かつての日向山霊山寺の本堂を引き継いだもので、万治3年（1660年）に幕府から寄進された丹沢の立木百本を使って修造されたものです。寄棟造、茅葺の建物で、数度の改修が行われていますが、現存する本堂は350年以上の歴史を持っています。
本堂の左手に位置する宝物殿には、平安時代から鎌倉時代にかけて造立された重要文化財の仏像が納められています。本尊の薬師三尊像もここに安置されていますが、秘仏として特定の日にのみ開帳されます。これらの仏像は、鎌倉時代の作であり、東日本の仏教美術の重要な遺産として高い評価を受けています。
「日向薬師」バス停から表参道へ入り、山門までの道のりは、雑木林の中を通る石組み階段の広い歩道が500mほど続いています。参道の入口には、2体の仁王像が境内を護っており、門をくぐると静かな境内に辿り着きます。参道沿いには、スダジイ、モミ、ケヤキなどの自然植生が豊かに育成されており、四季折々の風景を楽しむことができます。
日向薬師は、その豊かな歴史と文化財、そして美しい自然環境が魅力の寺院です。特に、病気平癒や眼病に霊験があるとされることから、多くの参拝者が訪れます。また、周辺の自然環境は、ハイキングや散策に最適な場所としても人気があります。現代においても、日向薬師は信仰の場であり、癒しの場所として、多くの人々に親しまれています。